02|THE BEGINNING
前回に引き続き....。
そんなせわしなくも、贅沢で貴重な時間が過ぎ。
気がつけばファイナルイヤーになっていて、卒業コレクションを発表しなければならなくなりました。
学生時はファッションコンテストに積極的に参加しており、受賞させて頂くことも多かったのですが、コンテスト向けに編集した作品が多く、自分の表現が最大出力で出ていたかと言われればノー。
そんな歯がゆいクリエイションは、やりたくないし、"評価されること"は蚊帳の外に置いて制作しました。

同コレクションテーマはWe can make our beautiful world for tomorrow.
後のブランドコンセプト(アチチュード)に。
プロセスは、産地巡りをするところから始めてリサーチを深めました。

捨てられるものを素材にしたいな、と考えておりましたが、フィールドワークを行う中で気づいたことが
"ゴミはない。ただ、捨てない" でした。
僕が赴いた産地の方や企業の方の意見は99%そうでした。
そごでそういう陰の素材を、日の目を見せることをキーワードに。
眠ってた素材に後加工を施したり、思い出のセーターを解いて織ったり、ハギレをパターンにしたり、ゴミ袋を素材にしたり、、。

学内プレゼンテーションでは最低評価のFや、- を付けられていたが、そこは初めから捨ててたので、気にせず制作していました。
唯一担任のViviは Allez-y, Yuta! と。
最終評価は業界のデザイナーやプレスの学外の方々だったのも好転したのか、結局Golden needle award, Stylism award を受賞しました。
とても申し訳ない気持ちだったのを今も覚えております。笑
そして、せっかくつくったコレクションだから海外に持って行こうと、
イタリアの国際コンテストのINTERNATIONAL LAB MITTELMODA に応募しました。
例のパンデミックの影響で、開催が見送ることになったと連絡があり、仕事しなくてはまずい状況になり、
できる限りの仕事をしてまた忙殺した日々を1年ほど送ることになりました。
そんなある日、ファイナリストに選ばれた通知が。

東京という街に少し疲れていた僕は、直感と勢いでイタリアに行くことに。
状況も状況だし特にすることもない日々だし、
スーパーの往復のなんてないただの街の色合いや建物の美しさが印象的で、特に朝5時ぐらいの朝日が綺麗で早起きが楽しくなった。
かなりの頻度で、パニーニという食べ物を覚えてずっと食べてました。
お恥ずかしながら日本でも割とポピュラーなのは知らなかったです...。



そうこうして、アワードの最終審査を迎えます。


リハーサルと、バックステージでの写真。
この後錚々たる審査員の前で拙い英語でプレゼンすることになるとは思いもしなかったです。
プレゼンテーションなど対面式の審査を終え、迎えたショー本番。
当日は世界中の同世代のファイナリストと肩を並べて自分のコレクションを発表できた悦びで、
満足しており受賞できるとは思ってもおりませんでした。

ご存知の方も多いと思いますがSustainability Awardを受賞させていただきました。
日本人初だと知ったのはその後でしたが。
サステナブルは概念であり、エコシステムを考える以前に、それは人間的でファッション的であることが大切だ。と、コレクションプレゼンしていたので謙遜ではなく本当に驚くほかありませんでした。
*Vogue Italia https://www.vogue.it/vogue-talents/article/concorsi-moda-international-lab-of-mittelmoda-the-fashion-award-2021
現地に来ていた有名メゾンのデザインチームへの誘いもあったり。
バイヤーやジャーナリストの方からこれからどうしていくのか。
など本当にいろいろ人生の選択肢ともいえる出来事があったのですが僕はその中でも、
"くよくよしてないで、理想とは違っても気にせず今すぐにブランドを始めるべきだ。"(実際はかなり長く)
すごく熱くも、無責任だな、と思いながらも、
僕にそう言ってくれたジャーナリストに言われた言葉を信じました。
帰るまでの限られた時間を有意義に過ごし、帰りのフライトはほぼ寝れず。
23春夏デビューとしたYUTASETOGAWAの構想を練っていたのでした。

次回はブランドを開始したあとの話をしようかな、と。
03|LEARNING TO MAKE A BRAND
服を作ることと、ブランドを作ることは違った。
こんなタイトルで。
Thank you.


